白雪姫

白雪姫

グリム

菊池寛訳




 むかしむかし、冬ふゆのさなかのことでした。雪ゆきが、鳥とりの羽はねのように、ヒラヒラと天てんからふっていましたときに、ひとりの女王(じょおう)さまが、こくたんのわくのはまった窓(まど)のところにすわって、ぬいものをしておいでになりました。女王じょおうさまは、ぬいものをしながら、雪ゆきをながめておいでになりましたが、チクリとゆびを針(はり)でおさしになりました。すると、雪ゆきのつもった中なかに、ポタポタポタと三さん滴(てき)の血(ち)がおちました。まっ白しろい雪ゆきの中なかで、そのまっ赤あかな血(ち)の色いろが、たいへんきれいに見みえたものですから、女王じょおうさまはひとりで、こんなことをお考かんがえになりました。
「どうかして、わたしは、雪ゆきのようにからだが白しろく、血ちのように赤あかいうつくしいほっぺたをもち、このこくたんのわくのように黒くろい髪(かみ)をした子こがほしいものだ。」と。
 それから、すこしたちまして、女王じょおうさまは、ひとりのお姫(ひめ)さまをおうみになりましたが、そのお姫ひめさまは色いろが雪ゆきのように白しろく、ほおは血ちのように赤あかく、髪かみの毛けはこくたんのように黒くろくつやがありました。それで、名なも白雪姫(しらゆきひめ)とおつけになりました。けれども、女王じょおうさまは、このお姫ひめさまがおうまれになりますと、すぐおなくなりになりました。
 一年以上いちねんいじょうたちますと、王おうさまはあとがわりの女王じょおうさまをおもらいになりました。その女王じょおうさまはうつくしいかたでしたが、たいへんうぬぼれが強つよく、わがままなかたで、じぶんよりもほかの人ひとがすこしでもうつくしいと、じっとしてはいられないかたでありました。ところが、この女王じょおうさまは、まえから一ひとつのふしぎな鏡(かがみ)を持もっておいでになりました。その鏡かがみをごらんになるときは、いつでも、こうおっしゃるのでした。
「鏡(かがみ)や、鏡かがみ、壁(かべ)にかかっている鏡かがみよ。
 国くにじゅうで、だれがいちばんうつくしいか、いっておくれ。」
 すると、鏡かがみはいつもこう答こたえていました。
「女王じょおうさま、あなたこそ、お国くにでいちばんうつくしい。」
 それをきいて、女王じょおうさまはご安心あんしんなさるのでした。というのは、この鏡かがみは、うそをいわないということを、女王じょおうさまは、よく知しっていられたからです。
 そのうちに、白雪姫(しらゆきひめ)は、大おおきくなるにつれて、だんだんうつくしくなってきました。お姫ひめさまが、ちょうど七ななつになられたときには、青々あおあおと晴はれた日ひのように、うつくしくなって、女王じょおうさまよりも、ずっとうつくしくなりました。ある日ひ、女王じょおうさまは、鏡かがみの前まえにいって、おたずねになりました。
「鏡かがみや、鏡かがみ、壁かべにかかっている鏡かがみよ。
 国くにじゅうで、だれがいちばんうつくしいか、いっておくれ。」
 すると、鏡かがみは答こたえていいました。
「女王(じょおう)さま、ここでは、あなたがいちばんうつくしい。
 けれども、白雪姫(しらゆきひめ)は、千せんばいもうつくしい。」
 女王じょおうさまは、このことをおききになると、びっくりして、ねたましくなって、顔色かおいろを黄きいろくしたり、青あおくしたりなさいました。
 さて、それからというものは、女王じょおうさまは、白雪姫しらゆきひめをごらんになるたびごとに、ひどくいじめるようになりました。そして、ねたみと、こうまんとが、野原のはらの草くさがいっぱいはびこるように、女王じょおうさまの、心こころの中なかにだんだんとはびこってきましたので、いまでは夜よるもひるも、もうじっとしてはいられなくなりました。
 そこで、女王じょおうさまは、ひとりのかりうどをじぶんのところにおよびになって、こういいつけられました。
「あの子こを、森もりの中なかにつれていっておくれ。わたしは、もうあの子こを、二にどと見みたくないんだから。だが、おまえはあの子こをころして、そのしょうこに、あの子この血(ち)を、このハンケチにつけてこなければなりません。」
 かりうどは、そのおおせにしたがって、白雪姫(しらゆきひめ)を森もりの中なかへつれていきました。かりうどが、狩(か)りにつかう刀(かたな)をぬいて、なにも知しらない白雪姫しらゆきひめの胸(むね)をつきさそうとしますと、お姫ひめさまは泣ないて、おっしゃいました。
「ああ、かりうどさん、わたしを助たすけてちょうだい。そのかわり、わたしは森もりのおくの方ほうにはいっていって、もう家いえにはけっしてかえらないから。」
 これをきくと、かりうども、お姫ひめさまがあまりにうつくしかったので、かわいそうになってしまって、
「じゃあ、はやくおにげなさい。かわいそうなお子こさまだ。」といいました。
「きっと、けものが、すぐでてきて、くいころしてしまうだろう。」と、心こころのうちで思おもいましたが、お姫ひめさまをころさないですんだので、胸むねの上うえからおもい石いしでもとれたように、らくな気きもちになりました。ちょうどそのとき、イノシシの子こが、むこうからとびだしてきましたので、かりうどはそれをころして、その血(ち)をハンケチにつけて、お姫ひめさまをころしたしょうこに、女王じょおうさまのところに持もっていきました。女王じょおうさまは、それをごらんになって、すっかり安心あんしんして、白雪姫しらゆきひめは死しんだものと思おもっていました。
 さて、かわいそうなお姫ひめさまは、大おおきな森もりの中なかで、たったひとりぼっちになってしまって、こわくってたまらず、いろいろな木きの葉はっぱを見みても、どうしてよいのか、わからないくらいでした。お姫ひめさまは、とにかくかけだして、とがった石いしの上うえをとびこえたり、イバラの中なかをつきぬけたりして、森もりのおくの方ほうへとすすんでいきました。ところが、けだものはそばをかけすぎますけれども、すこしもお姫ひめさまをきずつけようとはしませんでした。白雪姫しらゆきひめは、足あしのつづくかぎり走はしりつづけて、とうとうゆうがたになるころに、一いっ軒(けん)の小ちいさな家(うち)を見みつけましたので、つかれを休やすめようと思おもって、その中なかにはいりました。その家いえの中なかにあるものは、なんでもみんな小ちいさいものばかりでしたが、なんともいいようがないくらいりっぱで、きよらかでした。
 そのへやのまん中なかには、ひとつの白しろい布(きれ)をかけたテーブルがあって、その上うえには、七ななつの小ちいさなお皿(さら)があって、またその一ひとつ一ひとつには、さじに、ナイフに、フォークがつけてあって、なおそのほかに、七ななつの小ちいさなおさかずきがおいてありました。そして、また壁(かべ)ぎわのところには、七ななつの小ちいさな寝(ね)どこが、すこしあいだをおいて、じゅんじゅんにならんで、その上うえには、みんな雪ゆきのように白しろい麻(あさ)の敷布(しきふ)がしいてありました。
 白雪姫しらゆきひめは、たいへんおなかがすいて、おまけにのどもかわいていましたから、一ひとつ一ひとつのお皿(さら)から、すこしずつやさいのスープとパンをたべ、それから、一ひとつ一ひとつのおさかずきから、一いち滴(てき)ずつブドウ酒(しゅ)をのみました。それは、一ひとつところのを、みんなたべてしまうのは、わるいと思おもったからでした。それが、すんでしまうと、こんどは、たいへんつかれていましたから、ねようと思おもって、一ひとつの寝ねどこにはいってみました。けれども、どれもこれもちょうどうまくからだにあいませんでした。長ながすぎたり、短みじかすぎたりしましたが、いちばんおしまいに、七ななばんめの寝ねどこが、やっとからだにあいました。それで、その寝ねどこにはいって、神かみさまにおいのりをして、そのままグッスリねむってしまいました。
 日ひがくれて、あたりがまっくらになったときに、この小ちいさな家いえの主人しゅじんたちがかえってきました。その主人しゅじんたちというのは、七人しちにんの小人(こびと)でありました。この小人こびとたちは、毎日まいにち、山やまの中なかにはいりこんで、金きんや銀(ぎん)のはいった石いしをさがして、よりわけたり、ほりだしたりするのが、しごとでありました。小人(こびと)はじぶんたちの七ななつのランプに火ひをつけました。すると、家いえの中なかがパッとあかるくなりますと、だれかが、その中なかにいるということがわかりました。それは、小人こびとたちが家いえをでかけたときのように、いろいろのものが、ちゃんとおいてなかったからでした。第一だいいちの小人こびとが、まず口くちをひらいて、いいました。
「だれか、わしのいすに腰(こし)をかけた者ものがあるぞ。」
 すると、第二だいにの小人こびとがいいました。
「だれか、わしのお皿(さら)のものをすこしたべた者ものがあるぞ。」
 第三だいさんの小人こびとがいいました。
「だれか、わしのパンをちぎった者ものがあるぞ。」
 第四だいよんの小人こびとがいいました。
「だれか、わしのやさいをたべた者ものがあるぞ。」
 第五だいごの小人こびとがいいました。
「だれかわしのフォークを使つかった者ものがあるぞ。」
 第六だいろくの小人(こびと)がいいました。
「だれか、わしのナイフで切きった者ものがあるぞ。」
 第七だいななの小人こびとがいいました。
「だれか、わしのさかずきでのんだ者ものがあるぞ。」
 それから、第一だいいちの小人こびとが、ほうぼうを見みまわしますと、じぶんの寝(ね)どこが、くぼんでいるのを見みつけて、声こえをたてました。
「だれが、わしの寝ねどこにはいりこんだのだ。」
 すると、ほかの小人(こびと)たちが寝(ね)どこへかけつけてきて、さわぎだしました。
「わしの寝ねどこにも、だれかがねたぞ。」
 けれども、第七だいななばんめの小人こびとは、じぶんの寝ねどこへいってみると、その中なかに、はいってねむっている白雪姫しらゆきひめを見みつけました。こんどは、第七だいななばんめの小人こびとが、みんなをよびますと、みんなは、なにがおこったのかと思おもってかけよってきて、びっくりして声こえをたてながら七ななつのランプを持もってきて白雪姫しらゆきひめをてらしました。
「おやおやおやおや、なんて、この子こは、きれいなんだろう。」と、小人(こびと)はさけびました。それから小人こびとたちは、大おおよろこびで、白雪姫(しらゆきひめ)をおこさないで、寝(ね)どこの中なかに、そのままソッとねさせておきました。そして、七ななばんめの小人こびとは、一時間いちじかんずつほかの小人こびとの寝ねどこにねるようにして、その夜よるをあかしました。
 朝あさになって、白雪姫しらゆきひめは目めをさまして、七人しちにんの小人こびとを見みて、おどろきました。けれども、小人こびとたちは、たいへんしんせつにしてくれて、「おまえさんの名なまえはなんというのかな。」とたずねました。すると、
「わたしの名なまえは、白雪姫しらゆきひめというのです。」と、お姫ひめさまは答こたえました。
「おまえさんは、どうして、わたしたちの家(うち)にはいってきたのかね。」と、小人こびとたちはききました。そこで、お姫ひめさまは、まま母ははが、じぶんをころそうとしたのを、かりうどが、そっと助たすけてくれたので、一日いちにちじゅう、かけずりまわって、やっと、この家いえを見みつけたことを、小人こびとたちに話はなしました。その話はなしをきいて、小人こびとたちは、
「もしも、おまえさんが、わしたちの家いえの中なかのしごとをちゃんと引ひきうけて、にたきもすれば、おとこものべるし、せんたくも、ぬいものも、あみものも、きちんときれいにする気きがあれば、わしたちは、おまえさんを家(うち)においてあげて、なんにもふそくのないようにしてあげるんだが。」といいました。
「どうぞ、おねがいします。」と、お姫ひめさまはたのみました。それからは、白雪姫(しらゆきひめ)は、小人(こびと)の家いえにいることになりました。
 白雪姫しらゆきひめは、小人こびとの家いえのしごとを、きちんとやります。小人こびとの方ほうでは毎朝まいあさ、山やまにはいりこんで、金きんや銀(ぎん)のはいった石いしをさがし、夜よるになると、家いえにかえってくるのでした。そのときまでに、ごはんのしたくをしておかねばなりませんでした。ですから、ひるまは白雪姫しらゆきひめは、たったひとりでるすをしなければなりませんので、しんせつな小人こびとたちは、こんなことをいいました。
「おまえさんのまま母ははさんに用心ようじんなさいよ。おまえさんが、ここにいることを、すぐ知しるにちがいない。だから、だれも、この家いえの中なかにいれてはいけないよ。」
 こんなことはすこしも知しらない女王じょおうさまは、かりうどが白雪姫しらゆきひめをころしてしまったものだと思おもって、じぶんが、また第一だいいちのうつくしい女おんなになったと安心あんしんしていましたので、あるとき鏡(かがみ)の前まえにいって、いいました。
「鏡かがみや、鏡かがみ、壁(かべ)にかかっている鏡かがみよ。
 国くにじゅうで、だれがいちばんうつくしいか、いっておくれ。」
 すると、鏡かがみが答こたえました。
「女王(じょおう)さま、ここでは、あなたがいちばんうつくしい。
 けれども、いくつも山やまこした、
 七人しちにんの小人こびとの家いえにいる白雪姫(しらゆきひめ)は、
 まだ千せんばいもうつくしい。」
 これをきいたときの、女王じょおうさまのおどろきようといったらありませんでした。この鏡かがみは、けっしてまちがったことをいわない、ということを知しっていましたので、かりうどが、じぶんをだましたということも、白雪姫しらゆきひめが、まだ生いきているということも、みんなわかってしまいました。そこで、どうにかして、白雪姫しらゆきひめをころしてしまいたいものだと思おもいまして、またあたらしく、いろいろと考かんがえはじめました。女王じょおうさまは、国くにじゅうでじぶんがいちばんうつくしい女おんなにならないうちは、ねたましくて、どうしても、安心あんしんしていられないからでありました。
 そこで、女王じょおうさまは、おしまいになにか一ひとつの計略(けいりゃく)を考かんがえだしました。そしてじぶんの顔かおを黒くろくぬって、年としよりの小間物屋(こまものや)のような着物(きもの)をきて、だれにも女王じょおうさまとは思おもえないようになってしまいました。こんなふうをして、七ななつの山やまをこえて、七人しちにんの小人(こびと)の家いえにいって、戸とをトントンとたたいて、いいました。
「よい品物(しなもの)がありますが、お買かいになりませんか。」
 白雪姫しらゆきひめはなにかと思おもって、窓(まど)から首くびをだしてよびました。
「こんにちは、おかみさん、なにがあるの。」
「上等(じょうとう)な品しなで、きれいな品しなを持もってきました。いろいろかわったしめひもがあります。」といって、いろいろな色いろの絹糸(きぬいと)であんだひもを、一ひとつ取とりだしました。白雪姫しらゆきひめは、
「この正直(しょうじき)そうなおかみさんなら、家いえの中なかにいれてもかまわないだろう。」と思おもいまして、戸とをあけて、きれいなしめひもを買かいとりました。
「おじょうさんには、よくにあうことでしょう。さあ、わたしがひとつよくむすんであげましょう。」と、年としよりの小間物屋(こまものや)はいいました。
 白雪姫しらゆきひめは、すこしもうたがう気きがありませんから、そのおかみさんの前まえに立たって、あたらしい買かいたてのひもでむすばせました。すると、そのばあさんは、すばやく、そのしめひもを白雪姫しらゆきひめの首くびをまきつけて、強つよくしめましたので、息いきができなくなって、死しんだようにたおれてしまいました。
「さあ、これで、わたしが、いちばんうつくしい女おんなになったのだ。」といって、まま母はははいそいで、でていってしまいました。
 それからまもなく、日ひがくれて、七人しちにんの小人(こびと)たちが、家いえにかえってきましたが、かわいがっていた白雪姫しらゆきひめが、地じべたの上うえにたおれているのを見みたときには、小人こびとたちのおどろきようといったらありませんでした。白雪姫しらゆきひめは、まるで死人しにんのように、息いきもしなければ、動うごきもしませんでした。みんなで白雪姫しらゆきひめを地じべたから高たかいところにつれていきました。そして、のどのところが、かたくしめつけられているのを見みて、小人こびとたちは、しめひもを二ふたつに切きってしまいました。すると、すこし息いきをしはじめて、だんだん元気げんきづいてきました。小人こびとたちは、どんなことがあったのかをききますと、姫ひめはきょうあった、いっさいのことを話はなしました。
「その小間物売(こまものう)りの女おんなこそ、鬼(おに)のような女王じょおうにちがいない。よく気きをつけなさいよ。わたしたちがそばにいないときには、どんな人ひとだって、家いえにいれないようにするんですよ。」と。
 わるい女王じょおうの方ほうでは、家いえにかえってくると、すぐ鏡(かがみ)の前まえにいって、たずねました。
「鏡かがみや、鏡かがみ、壁(かべ)にかかっている鏡かがみよ。
 国くにじゅうで、だれがいちばんうつくしいか、いっておくれ。」
 すると、鏡かがみは、正直(しょうじき)にまえとおなじに答こたえました。
「女王じょおうさま、ここでは、あなたがいちばんうつくしい。
 けれども、いくつも山やまこした、
 七人しちにんの小人(こびと)の家いえにいる白雪姫しらゆきひめは、
 まだ千せんばいもうつくしい。」
と、このことを女王じょおうさまがきいたときには、からだじゅうの血(ち)がいっぺんに、胸(むね)によってきたかと思おもうくらいおどろいてしまいました。白雪姫しらゆきひめが、また生いきかえったということを知しったからです。
「だが、こんどこそは、おまえを、ほんとうにころしてしまうようなことを工夫(くふう)してやるぞ。」そういって、じぶんの知しっている魔法(まほう)をつかって、一ひとつの毒(どく)をぬった櫛(くし)をこしらえました。それから、女王じょおうさまは、みなりをかえ、まえとはべつなおばあさんのすがたになって、七ななつの山やまをこえ、七人しちにんの小人こびとのところにいって、トントンと戸とをたたいて、いいました。
「よい品物(しなもの)がありますが、お買かいになりませんか。」
 白雪姫しらゆきひめは、中なかからちょっと顔かおをだして、
「さあ、あっちにいってちょうだい。だれも、ここにいれないことになっているんですから。」
「でも、見みるだけなら、かまわないでしょう。」
 おばあさんはそういって、毒(どく)のついている櫛(くし)を、箱(はこ)から取とりだし、手てのひらにのせて高たかくさしあげてみせました。ところが、その櫛くしがばかに、白雪姫しらゆきひめのお気きにいりましたので、その方ほうに気きをとられて、思おもわず戸とをあけてしまいました。そして、櫛くしを買かうことがきまったときに、おばあさんは、
「では、わたしが、ひとつ、いいぐあいに髪(かみ)をといてあげましょう。」といいました。
 かわいそうな白雪姫しらゆきひめは、なんの気きなしに、おばあさんのいうとおりにさせました。ところが、櫛(くし)の歯(は)が髪かみの毛けのあいだにはいるかはいらないうちに、おそろしい毒どくが、姫ひめの頭(あたま)にしみこんだものですから、姫ひめはそのばで気きをうしなってたおれてしまいました。
「いくら、おまえがきれいでも、こんどこそおしまいだろう。」と、心こころのまがった女おんなは、きみのわるい笑わらいを浮うかべながら、そこをでていってしまいました。
 けれども、ちょうどいいぐあいに、すぐゆうがたになって、七人しちにんの小人(こびと)がかえってきました。そして、白雪姫しらゆきひめが、また死しんだようになって、地じべたにたおれているのを見みて、すぐまま母ははのしわざと気きづきました。それで、ほうぼう姫ひめのからだをしらべてみますと、毒(どく)の櫛(くし)が見みつかりましたので、それをひきぬきますと、すぐに姫ひめは息いきをふきかえしました。そして、きょうのことを、すっかり小人こびとたちに話はなしました。小人こびとたちは、白雪姫しらゆきひめにむかってもういちど、よく用心ようじんして、けっしてだれがきても、戸とをあけてはいけないと、ちゅういしました。
 心こころのねじけた女王じょおうさまは、家いえにかえって、鏡(かがみ)の前まえに立たっていいました。
「鏡かがみや、鏡かがみ、壁(かべ)にかかっている鏡かがみよ。
 国くにじゅうで、だれがいちばんうつくしいか、いっておくれ。」
 すると、鏡かがみは、まえとおなじようにに答こたえました。
「女王じょおうさま、ここでは、あなたがいちばんうつくしい。
 けれども、いくつも山やまこした、
 七人しちにんの小人こびとの家いえにいる白雪姫しらゆきひめは、
 まだ千せんばいもうつくしい。」
 女王じょおうさまは、鏡(かがみ)が、こういったのをきいたとき、あまりの腹(はら)だちに、からだじゅうをブルブルとふるわしてくやしがりました。
「白雪姫しらゆきひめのやつ、どうしたって、ころさないではおくものか。たとえ、わたしの命いのちがなくなっても、そうしてやるのだ。」と、大おおきな声こえでいいました。それからすぐ、女王じょおうさまは、まだだれもはいったことのない、はなれたひみつのへやにいって、そこで、毒(どく)の上うえに毒どくをぬった一ひとつのリンゴをこさえました。そのリンゴは、見みかけはいかにもうつくしくて、白しろいところに赤あかみをもっていて、一目見ひとめみると、だれでもかじりつきたくなるようにしてありました。けれども、その一ひときれでもたべようものなら、それこそ、たちどころに死しんでしまうという、おそろしいリンゴでした。
 さて、リンゴが、すっかりできあがりますと、顔かおを黒くろくぬって、百ひゃく姓(しょう)のおかみさんのふうをして、七ななつの山やまをこして、七人しちにんの小人(こびと)の家いえへいきました。そして、戸とをトントンとたたきますと、白雪姫しらゆきひめが、窓(まど)から頭(あたま)をだして、
「七人しちにんの小人こびとが、いけないといいましたから、わたしは、だれも中なかにいれるわけにはいきません。」といいました。
「いいえ、はいらなくてもいいんですよ。わたしはね、いまリンゴをすててしまおうかと思おもっているところなので、おまえさんにも、ひとつあげようかと思おもってね。」と、百ひゃく姓(しょう)の女おんなはいいました。
「いいえ、わたしはどんなものでも、人ひとからもらってはいけないのよ。」と、白雪姫しらゆきひめはことわりました。
「おまえさんは、毒(どく)でもはいっていると思おもいなさるのかね。まあ、ごらんなさい。このとおり、二ふたつに切きって、半分はんぶんはわたしがたべましょう。よくうれた赤あかい方ほうを、おまえさんおあがりなさい。」といいました。
 そのリンゴは、たいへんじょうずに、こしらえてありまして、赤あかい方ほうのがわだけに、毒(どく)がはいっていました。白雪姫しらゆきひめは、百姓ひゃくしょうのおかみさんが、さもうまそうにたべているのを見みますと、そのきれいなリンゴがほしくてたまらなくなりました。それで、ついなんの気きなしに手てをだして、毒(どく)のはいっている方ほうの半分はんぶんを受うけとってしまいました。けれども、一ひとかじり口くちにいれるかいれないうちに、バッタリとたおれ、そのまま息いきがたえてしまいました。すると、女王じょおうさまは、そのようすをおそろしい目めつきでながめて、さもうれしそうに、大おおきな声こえで笑わらいながら、
「雪ゆきのように白しろく、血(ち)のように赤あかく、こくたんのように黒くろいやつ、こんどこそは、小人(こびと)たちだって、助たすけることはできまい。」といいました。そして、大おおいそぎで家いえにかえりますと、まず鏡(かがみ)のところにかけつけてたずねました。
「鏡かがみや、鏡かがみ、壁(かべ)にかかっている鏡かがみよ。
 国くにじゅうで、だれがいちばんうつくしいか、いっておくれ。」
 すると、とうとう鏡かがみが答こたえました。
「女王じょおうさま、お国くにでいちばん、あなたがうつくしい。」
 これで、女王じょおうさまの、ねたみぶかい心こころも、やっとしずめることができて、ほんとうにおちついた気きもちになりました。
 ゆうがたになって、小人こびとたちは、家いえにかえってきましたが、さあたいへん、こんども、また白雪姫しらゆきひめが、地じべたにころがって、たおれているではありませんか。びっくりして、かけよってみれば、もう姫ひめの口くちからは息一いきひとつすらしていません。かわいそうに死しんで、もうひえきってしまっているのでした。小人こびとたちは、お姫ひめさまを、高たかいところにはこんでいって、なにか毒(どく)になるものはありはしないかと、さがしてみたり、ひもをといたり、髪(かみ)の毛けをすいたり、水みずや、お酒さけで、よくあらってみたりしましたが、なんの役やくにもたちませんでした。みんなでかわいがっていたこどもは、こうしてほんとうに死しんでしまって、ふたたび生いきかえりませんでした。
 小人こびとたちは、白雪姫しらゆきひめのからだを、一ひとつの棺(かん)の上うえにのせました。そして、七人しちにんの者ものが、のこらずそのまわりにすわって、三日三晩泣みっかみばんなきくらしました。それから、姫ひめをうずめようと思おもいましたが、なにしろ姫ひめはまだ生いきていたそのままで、いきいきと顔色かおいろも赤あかく、かわいらしく、きれいなものですから、小人こびとたちは、
「まあ見みろよ。これを、あのまっ黒くろい土つちの中なかに、うめることなんかできるものか。」そういって、外そとから中なかが見みられるガラスの棺(かん)をつくり、その中なかに姫ひめのからだをねかせ、その上うえに金文字(きんもじ)で白雪姫しらゆきひめという名なを書かき、王おうさまのお姫ひめさまであるということも、書かきそえておきました。それから、みんなで、棺かんを山やまの上うえにはこびあげ、七人しちにんのうちのひとりが、いつでも、そのそばにいて番ばんをすることになりました。すると、鳥とりや、けだものまでが、そこにやってきて、白雪姫しらゆきひめのことを泣なきかなしむのでした。いちばんはじめにきたのは、フクロウで、そのつぎがカラス、いちばんおしまいにハトがきました。
 さて、白雪姫しらゆきひめは、ながいながいあいだ棺(かん)の中なかによこになっていましたが、そのからだは、すこしもかわらず、まるで眠ねむっているようにしか見みえませんでした。お姫ひめさまは、まだ雪ゆきのように白しろく、血(ち)のように赤あかく、こくたんのように黒くろい髪(かみ)の毛けをしていました。
 すると、そのうち、ある日ひのこと、ひとりの王子(おうじ)が、森もりの中なかにまよいこんで、七人しちにんの小人こびとの家いえにきて、一晩ひとばんとまりました。王子おうじは、ふと山やまの上うえにきて、ガラスの棺かんに目めをとめました。近ちかよってのぞきますと、じつにうつくしいうつくしい少女しょうじょのからだがはいっています。しばらくわれをわすれて見みとれていました王子おうじは、棺かんの上うえに金文字きんもじで書かいてあることばをよみ、すぐ小人こびとたちに、
「この棺(かん)を、わたしにゆずってくれませんか。そのかわりわたしは、なんでも、おまえさんたちのほしいと思おもうものをやるから。」といわれました。けれども、小人こびとたちは、
「たとえわたしたちは、世界せかいじゅうのお金かねを、みんないただいても、こればかりはさしあげられません。」とお答こたえしました。
「そうだ、これにかわるお礼れいなんぞあるもんじゃあない。だがわたしは、白雪姫しらゆきひめを見みないでは、もう生いきていられない。お礼れいなぞしないから、ただください。わたしの生いきているあいだは、白雪姫しらゆきひめをうやまい、きっとそまつにはしないから。」王子(おうじ)はおりいっておたのみになりました。
 王子おうじが、こんなにまでおっしゃるので、気きだてのよい小人こびとたちは、王子おうじの心こころもちを、気きのどくに思おもって、その棺かんをさしあげることにしました。王子おうじは、それを、家来(けらい)たちにめいじて、肩(かた)にかついではこばせました。ところが、まもなく、家来けらいのひとりが、一本いっぽんの木きにつまずきました。で、棺かんがゆれたひょうしに、白雪姫しらゆきひめがかみ切きった毒(どく)のリンゴの一ひときれが、のどからとびだしたものです。すると、まもなく、お姫ひめさまは目めをパッチリ見みひらいて、棺(かん)のふたをもちあげて、起おきあがってきました。そして元気げんきづいて、
「おやまあ、わたしは、どこにいるんでしょう。」といいました。それをきいた王子おうじのよろこびはたとえようもありませんでした。
「わたしのそばにいるんですよ。」といって、いままであったことをお話はなしになって、そのあとから、
「わたしは、あなたが世界せかいじゅうのなにものよりもかわいいのです。さあ、わたしのおとうさんのお城(しろ)へいっしょにいきましょう。そしてあなたは、わたしのお嫁(よめ)さんになってください。」といわれました。
 そこで、白雪姫しらゆきひめもしょうちして、王子おうじといっしょにお城しろにいきました。そして、ふたりのごこんれいは、できるだけりっぱに、さかんにいわわれることになりました。
 けれども、このおいわいの式(しき)には、白雪姫しらゆきひめのまま母ははである女王じょおうさまもまねかれることになりました。女王じょおうさまは、わかい花嫁(はなよめ)が白雪姫しらゆきひめだとは知しりませんでした。女王じょおうさまはうつくしい着物(きもの)をきてしまったときに、鏡(かがみ)の前まえにいって、たずねました。
「鏡かがみや、鏡かがみ、壁(かべ)にかかっている鏡かがみよ。
 国くにじゅうで、だれがいちばんうつくしいか、いっておくれ。」
 鏡かがみは答こたえていいました。
「女王じょおうさま、ここでは、あなたがいちばんうつくしい。
 けれども、わかい女王じょおうさまは、千せんばいもうつくしい。」
 これをきいたわるい女王じょおうさまは、腹はらをたてまいことか、のろいのことばをつぎつぎにあびせかけました。そして、気きになって気きになって、どうしてよいか、わからないくらいでした。女王じょおうさまは、はじめのうちは、もうごこんれいの式(しき)にはいくのをやめようかと思おもいましたけれども、それでも、じぶんででかけていって、そのわかい女王じょおうさまを見みないでは、とても、安心あんしんできませんでした。女王じょおうさまは、まねかれたご殿(てん)にはいりました。そして、ふと見みれば、わかい女王じょおうになる人ひととは白雪姫しらゆきひめではありませんか。女王じょおうはおそろしさで、そこに立たちすくんだまま動うごくことができなくなりました。
 けれども、そのときは、もう人々ひとびとがまえから石炭(せきたん)の火ひの上うえに、鉄(てつ)でつくったうわぐつをのせておきましたのが、まっ赤あかにやけてきましたので、それを火ひばしでへやの中なかに持もってきて、わるい女王じょおうさまの前まえにおきました。そして、むりやり女王じょおうさまに、そのまっ赤あかにやけたくつをはかせて、たおれて死しぬまでおどらせました。





底本:「グリム 世界名作 白雪姫」光文社
   1949(昭和24)年3月5日初版発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
入力:大久保ゆう
校正:鈴木厚司
2005年2月22日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。




●表記について
  • このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
  • 傍点や圏点、傍線の付いた文字は、強調表示にしました。

青空文庫の図書カード。掲載原文の本文とルビを保ち、一部の作品にはふりがなを補っています。